何年か前に歴史の教科書(中・高)のものすごい論争がありましたね。
ここのところの中国のデモ関連の出来事から、再び歴史の教科書問題がニュースになっていますね。
扶桑社とその他の企業の検定を通った教科書の、内容の問題ということですね。
私などはそれなりの年齢で、まだ親戚の叔父さんなど実際に戦場に行った方からの話とか
、戦争で若いころにだんな様を亡くした方の話が結構身近にありました。
ちびの頃には、旭川の買いもの公園(旧 平和公園〜戦時中は、師団通り)に、戦争でひどい怪我を負いながら生還できたもと軍人が、障害をもった体に白い着物で、募金箱をもってたくさんいましたし、子供にはリアルだったかもしれません。
そんなに歳ではないんですが、自分の目でみたことなので、歴史を学習したときに改めて考えさせられましたねぇ。
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中高の頃の教科書はどうだったかというと、中学はともかく、高校の教科書はTVで放映されていたものより、もっと厚かったですし、言葉使いも硬いし、写真は白黒(案外リアル)でした。それだけ日本の歴史全体の情報量が多かったですし、当時の先生も、歴史上にある神話や民話、エピソードなどの話も多くどこかの時代に偏っていたような記憶がありません。
それでも足りなくて、図書館などでしばらくは、歴史辞典などをよく読んだ覚えがあります。世界史のほうも後に面白かったですが、両方のバランスはそれで取ったような気がしますね。バランスが悪いと歴史の情報がつながらないというか、なんというか。
そのころの先生が良かったか、教科書の情報量が豊富だったのか、今の子供に多いらしいですけど、歴史を学習していやな国に生まれたというような話をしたことも聞いたこともないですね。ただ戦争はだめだなとは思ったものです。
今ではありえないのかもしれませんが(少々子供にはきびしい映画で)、「ジョニーは戦場へ行った」という映画が来て、当時の学校推薦でした。全校鑑賞した記憶があります。
現在は小学生でも、学校や家庭から、または携帯などでインターネットから情報を得られる時代です。子供に見せる見せない、教える教えないで、影響があるなしなどで教科書の厚さを決めても、以前の図書館で見る本と同じで、ネットからその気になればいくらでも情報が飛び込んできます。
図書館の辞典などある意味、歴史のログは、事実性?が完璧はないでしょうが、満足できるところまで守られているでしょう。
ネットからの情報はさまざまな視点でかかれた情報が多いですし、それを見る目も必要ですよね。教科書のあの薄さを見て、また図書館や図書離れの進んでいる昨今を考えると、教科書とネットを上手に利用し情報を選別する方法・訓練も学校でやったほうがいいのかもしれないと感じました。
アメリカなどの学校で使う歴史の教科書は同じ年代ならすでに辞典級の厚い教科書を使っていますよね。HNKのドキュメントなどで、厚いテキストを持っている子供の姿を見ますものね。1000年級の歴史を持つ国の教科書がなんであんなに薄いのでしょうかねぇ。:D
私自身は技術分野に進みましたが、歴史は面白いし、学ぶことも多いのにと思いますね。
歴史のない未来もないですし。8-)
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